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2023/08/02

行こう! 3年越しの忘れ物を受け取りに

【Yellz公式】2023夏の高校野球・注目校にインタビュー

本記事では、Yellz編集部が注目校に独自にインタビューをした内容をお届けします。学校には、それぞれ独自の建学の精神があり、高校野球界で活躍する強豪校はそれぞれの歴史の中で、各校の野球部の文化を創り上げています。2023の夏の甲子園に向けて、注目校の一部に取材した企画の第一弾。長崎の創成館高等学校で、稙田龍生監督に野球部と学校の様子をお聞きしました。

取りに行けなくなった“忘れ物”

「春の忘れ物は夏、取りに行きます」――そのメッセージは地元の人たちのみならず、多くの高校野球ファンの心を強く揺さぶりました。長崎県諫早市の創成館高校が、学校近くの看板に掲げた言葉です。

同校野球部は強豪として知られ、2020年には春のセンバツ出場校にも選出されていました。しかし当時はコロナ禍の真っただ中。大会は中止となり、選手や関係者の多くは、切り裂かれる思いでその決定を受け止めます。そして「この悔しさを、夏の甲子園にぶつけよう!」と作られたのが、このキャッチフレーズだったのです。ところが同年の夏の甲子園大会も、地方大会を含めてすべて中止。代替案として、春のセンバツに出場予定だった高校の「交流試合」を行うのが精いっぱいでした。

さらに苦難は続きます。同校は決意も新たに翌年以降の大会に臨むものの、地方予選で惜敗が続く日々。なかなか全国への切符を掴めず、“忘れ物”は、長らく甲子園に置き去りのままとなってしまうのです。

大きな学校改革を経て、強い団結力を持つ学校に変貌

実は同校、かつて荒れていた時期もありました。それを奥田修史理事長・校長のリーダーシップのもと大改革を敢行し、人気校へと変貌させたことでも知られます。改革の土台にあったのは「熱さ」。教員がすべてにおいて生徒たちと本気で向き合い、ぶつかり合うことで信頼関係を築いてきたのです。それが現在の「生徒も先生もみんなで一緒に頑張ろう!」「誰かが何かを頑張るとき、みんなで応援しよう!」という、極めて強い団結力を持つ校風を育んでいきます。

「その姿勢は野球部の応援にも表れています」と語るのは、同校野球部の稙田(わさだ)龍生監督。応援する全員が一緒に飛び跳ねながら声援を送る独自の応援スタイル、通称“創成ジャンプ”は「甲子園が揺れる(から危険だ)」として禁止になったほど。現在はジャンプを屈伸に変えて応援していますが、奥田理事長・校長をはじめ、教員も生徒たちも一緒になって踊り、声を張り上げながら応援する姿が話題となりました。

「野球部は一つの家族」。監督・コーチも一緒に寮暮らし

もちろんその一体感は、野球部にも強く根付いています。部員数はマネージャーも含めて121名。そのほとんどが寮生活です。しかも監督やコーチまで寮で暮らしており、稙田監督も「もはや家族みたいなものですね」と笑います。

部員たちの出身地は14府県にも及びますから、当然、育った環境も考え方も異なります。ときには意見の違いから、感情がぶつかり合うことも。そんなときも、監督の指導や仲裁のもと、お互いに話し合って問題解決を図る空気が作られているそう。実は稙田監督、指導のために心理カウンセラーの資格も取得しているほどです。このような環境もあって部員たちの家族感はさらに強まり、先輩・後輩の上下関係もほとんどないと言います。

 

どこかで忘れていた、泥臭さを思い出せ

稙田監督は、今年の部員たちをこのように評します。「スター選手のような飛びぬけた力はないんです。でも、だからこそしぶとく、泥臭く。それが私たちの野球です」。

それは本来、同校野球部の強みでもあったのですが「甲子園への出場経験を何度か重ねるうち、それが薄れていた部分があった」と稙田監督は反省の弁を述べます。「自分たちは強豪校である」という驕りだったのか、どこか野球がスマートになって、試合中もあまり声が出ていないことがよくありました。部員たちから必死さが失われていたのです。ここしばらく甲子園出場を果たせていなかったのも、それが多分に影響していたのかもしれません。

そこで監督は部員たちに熱く伝えました。「もう1度、ゼロから始めよう。俺たちは挑戦者だ!」。その檄に応えるべく、部員たちも泥臭さを取り戻していきます。良いライバル関係も生まれ「あいつが素振りを100回やるなら、俺は200回だ!」と、切磋琢磨する雰囲気が作られていったのです。

3年前の“忘れ物”を受け取るときが来た

「『いい選手』と『勝てる選手』は違います。『いい選手』は、自分より上がいないという安心感から努力を怠りがちで、大事な試合で力を出せません。一方で『勝てる選手』には必死さや泥臭さがありますから、『ここぞ!』で底力を発揮するものです。そういう意味で今年の部員たちは、『勝てる選手』だと確信しています」と胸を張る稙田監督。

――そして2023年夏。同校はついに、夢にまで見た甲子園への切符を掴みました。地方予選の成績はまさに「しぶとさ」「泥臭さ」を体現したもの。5試合で3失点、鉄壁とさえ言える守りの野球でした。

甲子園への出発式の朝。稙田監督は目尻を下げながら、しかし兜の緒を締め直すようにこう抱負を語ります。「高校球児、みんなの憧れの場所。そこに立てる喜びを胸に、野球を楽しんでほしい」。さあ、満を持して今こそ行こう。3年越しの忘れ物を受け取りに。

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